培養自家口腔粘膜上皮シート移植術(COMET)

目次

角膜の再生医療とは?

私たちは視覚(眼)を通して外界からの情報の大部分を得て日常生活を送っています。角膜(黒目)は、視覚をつかさどる重要な透明組織です。角膜が様々な原因で傷害されると、その透明性を失い著しい視力障害が生じます。従来からこのような濁った角膜に対してはアイバンクによる献眼からの角膜移植が行われていました。角膜移植の成功率は高く、これまでに多くの方が視力を取り戻してきました。しかしながら、日本国内では慢性的なドナー不足により、多くの患者さんが角膜移植を心待ちにしているのが現状です。また他人の角膜を移植する場合には拒絶反応を生ずる可能性があります。角膜再生医療は、不足している角膜を、最先端の培養技術、組織工学技術で再生させることを目指した、新しい治療法であり、自分の細胞をもとにした移植治療も可能となります。

角膜上皮の幹細胞が障害されて生じますStevens-Johnson(スティーブンス・ジョンソン)症候群、眼類天疱瘡(がんるいてんぽうそう)、熱化学外傷では、角膜が濁るだけでなく、まぶたの癒着やドライアイを伴い、ドナー角膜による角膜移植では治すことが不可能でした。このため、これらの疾患は難治性角結膜疾患として、長年にわたり治療不可能とされてきました。

京都府立医科大学では、このような難治性角結膜疾患を対象にして、長年にわたり角膜上皮再生医療に関する研究を行ってきました。その実績をもとに、平成26年1月からは先進医療として「培養自家口腔粘膜上皮シート移植術」の実施を開始しています。

対象となる病気

難治性角結膜疾患、すなわち、角膜上皮の幹細胞が障害されて生じますStevens-Johnson(スティーブンス・ジョンソン)症候群、熱化学外傷、眼類天疱瘡(がんるいてんぽうそう)などが主な対象となります。

Stevens-Johnson(スティーブンス・ジョンソン)症候群は、ほとんどが薬疹として発症し、突然の高熱、皮膚粘膜の発疹とびらんを生じ、角膜を含む眼表面にも強い炎症を生じます。全身状態が回復しても、まぶたと角膜がくっついたり(癒着、といいます)、角膜上皮欠損(くろめの傷)が治らず、悪化の一途をたどり角膜(くろめ)が濁って見えにくい、あるいは、ほとんど見えない状態になります。

熱化学外傷とは、熱傷(やけど)と化学外傷(薬品などによる外傷)を総括して呼ぶものであり、実験あるいは工事中の事故で生じます。眼の表面がただれたようになり、修復を得ることが困難です。治っても、Stevens-Johnson(スティーブンス・ジョンソン)症候群と同様に、まぶたと角膜(くろめ)がくっついたり(癒着、といいます)、角膜(くろめ)が濁って見えにくい、あるいは、ほとんど見えない状態になります。

眼類天疱瘡は、高齢者に発症する自己免疫疾患(免疫の仕組みの異常による疾患)で、多くの場合、ゆっくりと眼の表面の癒着が進行します。突然に、角膜上皮欠損(くろめの傷)を生じて、治らないままに悪化していくことがあります。いずれにおいても進行すると、角膜(くろめ)が濁って見えにくい、あるいは、ほとんど見えない状態になります。

これらの疾患は、これまでドナー角膜による通常の角膜移植では、一時的に良い視力を得ても、長期には元に戻るか、手術前よりも悪い状態となることがほとんどであり、治すことが困難でした。しかし角膜再生医療の技術開発により、治療する事ができるようになりました。

どのような場合に治療するのでしょうか?

難治性角結膜疾患では、癒着をともなう角膜混濁(くろめの濁り)があります。癒着と混濁は、眼の表面の粘膜の異常によるものであり、異常な粘膜をはがして、きれいな上皮シートを移植することで視力が改善します(視力改善を目的とする角膜再建)。

上述したように、これらの疾患では、角膜上皮欠損(くろめの傷)を生じて、治らないまま悪化して失明することがあります。そのような、治らない上皮欠損において、きれいな上皮シートを移植することで失明を回避します(上皮修復を目的とする角膜再建)。

難治性角結膜疾患のうち、眼類天疱瘡では、結膜(白め)の癒着がゆっくりと進行し、眼を閉じることができなくなると角膜(くろめ)の状態が悪化して、視力低下をきたします。視力低下をきたす前に、癒着をはずし上皮シートを移植することで、進行を防ぐことができます(癒着解除目的の結膜再建)。また、難治性角結膜疾患で白内障が進行した場合に、白内障手術を行うと、しばしば手術後に癒着が進行して手術前よりも視力が低下します。癒着をはがした部分に上皮シートを移植することで、白内障手術を安全に行い、術後の悪化を未然に防ぐことができます(癒着解除目的の結膜再建)。

京都府立医科大学での角膜再生治療

京都府立医科大学では、患者本人の口腔粘膜細胞から上皮シートを製造し、それを移植することで、組織の再生を促し視機能を維持・回復させるという新しい治療法の開発を目指しています。

まず、患者の口腔粘膜細胞から上皮細胞を分離し、これを 細胞培養センター(CPC)にて、ドナーから提供された羊膜の上に細かく広げて、細胞の増殖や分化に必要な環境を整えるために補助的に用いられる細胞(フィーダー細胞)と共に、約2週間培養します。このような方法でシートを製造し、移植する前にはそのシートの品質や安全性の確認検査を行います。

このようにして作製したシートを、一般の角膜移植に用いられるのと同等の移植用器具を用いて角膜上へ移植します。手術後半年間は、試験計画に沿って、視力検査、眼底検査、画像診断などの検査を行い、安全性の確認や有効性の評価を行います。

このシート移植術は、京都府立医科大学と先端医療センター病院(神戸市)で手術を実施いたします。このシートは先端医療振興財団のCPC(細胞培養施設)で製造されます。 京都府立医科大学においては、2002年以降、これまでに93症例106眼に本治療を実施しております。このうち2008年12月までに手術を実施した72症例81眼については詳細な解析を行っており、有用性を確認しています。

京都府立医科大学での主な検査・観察項目とスケジュール

入院は1-3週間の見込みで、術後2日、1週、4週、12週、24週に規定の検査を行います(○印)。

観察・検査・評価項目

検査実施時期

検査項目
移植前 移植後
登録前
*1
口腔粘膜採取 移植当日 2日
*2
1週
*2
2週
*2
4週
*3
8週
*3
*4
12週
*3
16週
*3
*4
20週
*3
*4
24週
*3
被験者背景
臨床検査*5
基本検査A
基本検査B
眼科所見A
眼科所見B
眼科所見C
自覚症状*6
前眼部写真
薬剤使用状況
SCL使用状況
感染症検査
移植時所見
症例報告時期
有害事象
  1. *1:登録前4週間以内のデータであれば使用可能とする。
  2. *2:移植後、2日(許容範囲1~3日)、7日(許容範囲5~9日)、14日(許容範囲12~16日)に実施する。
  3. *3:4週間±7日、8週間±7日、12週間±7日、16週間±7日、20週間±7日、24週間±14日を許容範囲とする。
  4. *4:8週、16週、20週の諸検査について、遠方で来院できない場合は連携先の近医にて確認することを許容する。
  5. *5:12週間(±7日)、24週間(±14日)の臨床検査については、薬剤の全身投与継続中であれば実施する。
  6. *6:自覚症状のチェックにVFQ-25を用いる。

凡例
 ○:症例報告書記載項目
 △:症例報告書記載不要項目
 ●:症例報告時期

角膜再生治療を希望される方へ

京都府立医科大学における角膜再生術は、それぞれの方の眼の状態に応じて最適な方法を選択しております。希望されても本治療の適応とならない場合があります。また、培養自家口腔粘膜上皮シートの手術費用は健康保険の適用とならず、先進医療の適用により自己負担があります。京都府立医科大学での角膜再生治療について治療をご希望の方は、主治医の紹介状をお送りください。そのうえで、角膜専門外来(月曜)を受診してください。